記事一覧

コラム (21) : 「木の教え」

 みなさん、こんにちは。天杉太郎です。

 ブログ更新が遅れまして申し訳ありませんでした。
 実は先週、京都北部の北山台杉仕立てと片波川伏条台杉を見に行って来ました。

 まずは、次の写真を見てください。


    ブログ15-34   台杉仕立て


    ブログ15-35   台杉造林地       ブログ15-36   台杉の森

 北山杉・台杉仕立てです。杉の特徴を見事に生かした、その技法の緻密さ、奥深さに驚きました。今でもその技術を継承されている枝打ち職人と方々から沢山の話を聞くことができました。

 次の写真を見てください。片波川の伏条台杉です。

    ブログ15-37   大櫓杉   

    ブログ15-38   大主杉         ブログ15-39   平安杉

 片波川源流の伏条台杉、Big3です。高橋さんと比べるとその大きさが分かりますね。一言、でかい。そして、ガイドの伊藤さんの話を聞くにつれ、この巨大な台杉が鎌倉・南北朝時代から人の手によって利用され、その結果がこうした台杉になっているのだ。この一帯の杉がなければ、台杉技術がなければ、京都と言う都は成り立たなかったんだ。とスギと人との関わりについて多くことを学ぶことができました。

 紅葉の時期、天気にも恵まれ、本当にすばらしい京都台杉見学でした。実は、帰りには福井の「恐竜博物館」にも寄り、この冬製作予定の間伐ザウルスの勉強にも行ってきたのでした。

    ブログ15-40    ブログ15-41    ブログ15-42



 さて今回は、コラム 「枝打ち職人のお爺さんのお話」と題して、お送りします。
前にもご紹介した 塩野米松著 「木の教え」です。この最後の章に「木に教わる、山に叱られる」と言う枝打ち職人のお爺さんの話が載っています。


    ブログ15-43 (1)

 結局、人間も自然の一員なんです。それを忘れるんですね。
頭で考えたとおりになると錯覚して、傲慢になるんです。枝打ち職人のお爺さんが手帳に「親」という字を書きながら話してくれました。

 
「『親』という字は、立ち木を見せると書くじゃないか。
親は子供を森や山に連れていって、木がどう生きているのか、木が私たちに何を教えてくれるのか、話をしてやらなければならないよ。それが親です。
親も勘違いしてはいかんですよ。人間が一番偉い、自然を意のままにしようなんて思うのは大間違いだ。
素直な、謙虚な気持ちで見なければ、木を見ても、山に入っても何も見えないんだよ。
そういうのは立ち木を見ても何にも感じないだろうね。
それでは親、失格。人生やり直しだ。」


 長い時間かかって大きくなった木や林を前にするとき、私たちは厳粛な気持ちになるとともに、ある清涼感を覚えます。
木には長い時間が蓄積されています。
その前で人間は自分たちの一生の短さを知り、存在の小ささに気づかされます。
親は子を山に連れて行き、親子で木の前に立ち、子にそれを伝えよということなんでしょうね。




 わたしはこの文章を読んで、その内容に共感するとともに、枝打ち職人のお爺さんが言う立ち木こそ、天然スギがふさわしいと思いました。
どの樹木よりも多くの時間を生きてきた、その過酷な環境の中で生き抜く姿、そして人との関わりをその樹形を通して雄弁に語ってくれている天杉がふさわしい!!


 先週の京都北部の台杉見学を通して、中ノ沢渓谷森林公園の持つ将来への可能性をあらためて思うのでした。大きさ的にはかなわないかもしれないが、中ノ沢集落を中心に中ノ沢渓谷森林公園・森林科学館があり、その周辺にフィールドとしての多様な天然スギが群生する自然の宝庫がある。という恵まれた環境。あらためて、中ノ沢を「天然スギの里」として、世に紹介し、大事なことを子に伝えて行かなければと思いました。

 次回は引き続き「笠菅山・天スギツアー」をお送りします。乞うご期待!!
スポンサーサイト

コメント

大事なことを学ぶのは、やはり感性豊かな子どもの
時が一番。
一人でも多くの子ども達に、立ち木を見せて語れる
ようになると良いですね。
中ノ沢が果たす役割は大きい!

コメントの投稿

非公開コメント

天杉カウンター

プロフィール

天杉太郎

Author:天杉太郎
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック