記事一覧

コラム(17) : 「天スギの山里・中ノ沢」

 みなさん、こんにちは。天杉太郎です。
 今回は思うところがあって、コラム17 「天スギの山里・中ノ沢」と題してお送りします。

 この春「中ノ沢・天スギ研究会」が発足しました。天スギの季節になって天スギの調査活動を再開した途端、中ノ沢周辺で新たな大きな発見が相次いでいます。今ここでその詳細を述べることは後述する理由から控えますが、「天スギの山里・中ノ沢」という表現をあらためて考えています。十数年前、森林科学館の明石さんと天スギ調査を始めたころの直感、中ノ沢には何かある、宝ものがある。この直感に間違いはなかった。こんな感じを持っています。ある思いを持って中ノ沢に暮らした明石さん、ある思いを持って中ノ沢に通った天杉太郎。これら思いは実現して行くのだと今までの活動と今回の調査活動を通して強く思っています。

 一連の天スギ調査でなくてはならない人、地質学が専門・高橋さんが次の様なことを話してくれました。

「今回の天スギとの出会いは偶然ではなく、必然ですね。
 人との出会いはもちろん、今回のようなスギとの出会いも、やはり出会うべき時期になるとちゃんと出会えるようになっているんですね。
 天杉太郎が、今までずっと中ノ沢に通っていたのに、やっと今になってあのスギに出会えたのは、今が一番ぴったりな時期だったんです。
 今回の調査エリアに入ってみたいという天杉太郎の強い思いと、今までの勉強や経験でスギの生き様の凄さを読み取れるレベルになっていたことが、今回の感動につながっているのだと思います。
 過去にもあのスギを見た人はいたのだと思いますが、明石さん、竹内さん、天杉太郎のような方々でなければ、価値を見出すことができないのかもしれません。
 中ノ沢は、本当に素敵な場所です。」

 高橋さんの言うとおりかもしれません。ちなみになぜ天スギ調査に高橋さんが必須なのか。
 私たちは高橋さんのことを「動くものさし、動く標識」と呼ばせてもらっていますが、もっと女性として、人格を尊重した言い方はないのかと反省しています。実は高橋さんの身長は150cm、両手を広げてもらうとその幅が150cm、両手を広げている高さが樹木の幹周りを測る高さ「胸高直径」の高さ130cmなのです。

 ですから天スギ調査に入ると、「高橋さん、そのスギの前に立って。はい、両手を広げて。」「はい、そこよじ登ってください。」と、私たちの求めに応じて「標識」が動いてくれるのです。天スギの調査・撮影では「標識」となるものがないとその大きさ、迫力はまったく伝わってきません。天スギ調査には、なくてはならない存在なのです。
 高橋さん、感謝の気持ちをこめて、もう少し良い呼び方を考えます。これからもよろしくお願いします。

 中ノ沢には、今までブログで紹介して来た天スギ達、「森林公園の展望台」、「ヨドの森」、「大清盛」、「根っこの大杉」、「天狗の大杉」、「笠菅山」、これから紹介して行く「杉峰」、「ササラ沢の杉」、そして今回の天スギ群。中ノ沢周辺は天スギの一大生育地帯なのです。

 さて、この「宝もの」をこれからどのように世に紹介して行きましょうか。今、天スギ研究会のメンバーとは次の様に話し合っています。
 豪雪を行きぬく天スギの生き様と大昔からの天スギと山村のひと達との関り合いをしっかりと世に伝え、そして何といっても自然と共存してきた「中ノ沢」の活性化に、「元気な中ノ沢」につながるようにしなければいけないと。また、そんな使命感のようなものも感じています。間違っても観光としての人をよぶための手段として、また不用意に写真だけが先行して本当の意味も伝わらずに人が押し寄せてくるようなことだけは、絶対に避けなければならないと話合っています。中ノ沢のひと達もそう思っています。

 私たちは、今まで通り地道に調査を続け克明に記録として残し、合わせて中ノ沢のひと達の生活ぶりを聞いてはこれもまたしっかり記録に残して行く。とにかくこの地道な活動を、この最も大事な活動をしっかりと続けて行きたいと思います。加えて、手前味噌にならぬ様見聞を広めるために日本中の有名な天スギを見て回る。今まで「タテヤマスギ」「佐渡の天スギ」「最上の山内スギ」を訪ね、今年はさらに「タテヤマスギの未調査エリア」を、「鳥海山のあがりこ・ムラスギ」「岐阜・京都の株杉・台杉」を見て回り、最終的には「屋久島の縄文杉」を訪ねたいと考えています。

 こうした活動を通して学術的・民俗学的な深堀を進めて行き、中ノ沢周辺の天スギが学術的にも、また天スギの「あがりこ型樹形」が過去の森林の利用形態の名残として価値が見出され、地域の文化・歴史的遺物、遺産として世に紹介されていったらなと強く思っています。

 実は最近、新たな事実が分かりました。私たちの山の師匠、神田与三郎さんが教えてくれました。中ノ沢では、過去に伐採があり人がつくったあがりこ型樹形の天スギを地元の人たちは「たっこ木(たっこぎ)」と呼び、それに対して地面からまっすぐ立つ天スギを「地立ち(じだち)」と呼ぶそうです。天スギに対してこうした区別した呼び名を持っている使っている事実は今のところ他に聞いたことはなく、中ノ沢に人たちの天スギとのかかわり合いがいかに深いかを物語っている事例だと思います。

 最近 「天スギの里・中ノ沢」 としてブログ内容を基にまとめた文章があるので、添付します。ついでに読んで見てください。

    天スギの里 中ノ沢

 最後に気がついたらブログ「越後の天杉日記」は、今回で93回目となり、もうすぐ100回になろうとしていました。たった一つのキーワード「天スギ」だけで100回分のブログを書けるとは思ってもみませんでした。が、実は今まで予定している内容に今回の新たな事実を加え、日本中の天スギを訪ねた紀行文を含めれば、300回はあっと言うに書けるそんな感じです。それだけ「天スギ」は魅力的で奥が深いのです。でもはっきり言って「超オタク」ですが。いいのです。誰が何と言おうと、素晴らしいものは素晴らしいのですから!

 さて、こうしたことを踏まえ、次回からまた地道に天スギについて勉強して行きましょう。
 次回の「アマチュア樹木の基礎講座」は「萌芽(ひこばえ・胴吹き)」です。


    
スポンサーサイト

コメント

今までのブログでも、塞ノ神や除雪の様子など
時折中ノ沢の生活が紹介されていましたが、
もっと日常的な、昔からの杉との関わりがあるのですね。
テーマが広がり、内容も盛りだくさん。
超大作のブログ、これからもじっくりと拝見させて
頂こうと思います。

コメントの投稿

非公開コメント

天杉カウンター

プロフィール

天杉太郎

Author:天杉太郎
FC2ブログへようこそ!

最新トラックバック